07

普通の男子高校生のような生活を送りたいだなんてそんな我儘を言うつもりはない。
罪人には牢獄がお似合いであるように、自分には日の光も届かないような薄暗い空間がお似合いだ。
罪を犯した者を放っておくと、きっとまた同じ罪が起こる。
しかし法を犯していない罪を、世間は「罪」だと認識しない。
だから例え本人がいくら十字架を背負おうとも、それを罰してくれる人はいないのだ。
これは彼を殺してしまった自分に課せられた、それ相応の罰なのだと少年は思う。
たがもしも、だ。
もし誰かが一つだけ願いを叶えてくれるというのなら、やはりそんな少年にも願いはあった。
なにも罪を無くしてくれだとか、彼を生き返らせてくれなどといった愚かなことは望まない。
それは簡単なことであり、その反面最も難しいことでもある選択である。
このままここにいれば、きっと少年は「彼」以外のもっと沢山の人を「壊す」だろう。
それを避けるための、自分を呪う少年が唯一望む我儘だ。

――誰か。だれでもいい、誰でもいいから、俺の声をきいてほしい、

出来るだけ早く。何もかも手遅れになる前に。

「…っ、てぇ」

シーツがくしゃくしゃのベッドの上で、少年は軋む身体を動かしてみた。
未だ微睡んでいた意識は、覚えた確かな痛みに反応して覚醒する。
うっすら開けたその瞳で薄暗い室内を見渡してみるものの、勿論時刻はわからない。
手探りで近くにあるはずの端末を掴むと、画面には午後一時を少し回った時刻が表示されていた。
外の音が変に響いていることもないので、天気も悪くないようだ。
渋々痛む身体を起こすと、それに合わせるようにベッドがぎしりと音を立てた。
床に散らばっている硝子の破片を、踏まないように気をつけて真っ黒いカーテンへと手を伸ばす。
指先が触れただけで射し込んだ光のあまりの眩しさに、目が灼けるような辛さを覚えた。
まだ桜の花びらが散ったばかりのこの季節の太陽にでも、目にすれば少年はぐらぐら眩暈がする。
結局そのまま、カーテンは開けずにまたベッドへ戻って腰かけた。
空腹に、ぎゅるると腹の虫が情けなく鳴く。

「…くっそ、」

生きる資格があるかも怪しいのに、身体はこうして生きることを望んでいる。
あまりにも格好悪い自分に反吐が出そうだ。
もう何もしたくはない。
食べることも飲むことも、そういう生に関わることなら尚更だ。
だからってそれ相応の痛みに耐える自信もないのだから余計情けない。
空腹に耐えきれず再び腰を上げると、携帯だけをズボンのポケットに突っこんでドアノブに手を掛けた。
少しだけ開けてから、廊下に誰もいないことを入念に確認する。一階や向かい合う部屋からも物音はしない。
しかしそのままそっと部屋から出ようと、ドアを改めて開き直したところでカチャリと足元から音が響いた。

「――あぁ、」

思わず零れた声は、感嘆か落胆か。
見下ろしたそこには、ご丁寧にトレイに入れられた、ラップを纏う昼食が用意されていた。
もう冷め切ってしまっているので、正しくは朝食だったのだろう。
ドア付近に置くなんて危ないだろうと思うが、一度ドアの横に置いてあったのを無視したことがあったのでそれを妨げられているのだと思う。
どうしようもないトレイを持ち上げると、ラップのおかげで匂いもしないのに料理を目にしたということだけで再び腹が鳴る。
顔を顰めたままリビングを覗くと、幸いなことに母の姿はそこになかった。
テーブルの上に持って降りたトレイを置いて、キッチンの冷蔵庫を漁ってみるものの図られたように何もなかった。
少しだけ食品そのものは残っているが生憎少年は料理が得意ではない。
迷ったところで後押しするようにまた疼いた腹に手をやり、仕方なくトレイの上の皿を取って、無造作に電子レンジの温めボタンを押す。
稼働したのを確認してから置いてあったグラスを手に取って、水を注いで一気に呷った。
流石にリビングのカーテンは開いており、レースがかろうじて眩しい光を遮断してくれている。
だが、それすら少年にとってはとてつもなく眩しい。
けれど同時に、その光がとてつもなく恋しくて。

「…母さん」

ぽつりと呟いた言葉は、秒針の音が響く室内へと消えていく。
ゆっくりと歩み寄って窓ガラスに手をやって、その届かない温もりに思いを馳せる。
父が最後に買ってくれた学ランは、薄暗い少年の部屋で誇りを被りつつあった。

もうあれからどれだけの月日が経ったのだろう。



侵食輪廻