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「あ」

山吹色のセーターと漆黒の制服が溢れる朝の通学路。
隣の悠乃に構わず大きく欠伸をした満月は、いつも椿と行く時に待ち合わせ場所に指定している学校前の坂にある、大きな樹の下に二つの影があるのを発見して思わず声を洩らした。
相変わらずいつ見ても美しい、日本人として誇るべき長く清らかな黒髪の少女と、待ち合わせの目印によく似た存在感を放つ、背の高い少年。
少女の方は紛れもないその椿本人であり、一方の少年の方は先日満月が食事まで共にした最早顔見知りに至る人物――夕城 陽だ。
満月が欠伸を終えると同時、隣を歩いていた悠乃も二人を発見したようで、「あら、椿じゃない」と呑気に独り言のように呟いた。
結波と黎花の生徒が山ほど通る時間帯にも関わらず、近づけば近づくほど普段は大人しい椿の声が大きく耳に届く。
前もこんなことあったな、と満月がぼんやり考えていると、悠乃も何かを察したように「あぁ、あれは怒ってるわね」と苦笑した。

「椿、」
「陽」

そんな様子に満月と悠乃が、二人の名を口にしたのはまるで合わせたかのように見事に同じタイミングだった。
揉めていた――というより正確には一方的に声を荒らげていた椿の方が、こちらに気付くなり少しだけ目を見開いて慌てて唇を閉ざす。
満月に呼ばれた陽もこちらを振り返ると、椿の視線が逸れたその隙に手にしていたサンドイッチを一口頬張った。

「ちょっと。だから、歩きながら食べるのやめて。行儀悪いでしょ…?」

すると目敏くそれに気づいた椿が、先程より控えめに注意する。
どうやら今回椿を怒らせた原因は、彼のこの通学スタイルにあるようだった。
確かに行儀がいいとは言えないだろう。しかし、満月にとってはそれほど気になるものでもない。
ふと視線の交わった悠乃と陽が、互いに軽く頷く程度の挨拶を交わす。
悠乃はそのまま口許に浮かべた綺麗な笑みを椿の方へ向けて、特有の甘い声で彼女を宥めるように唇を開いた。

「まぁいいじゃない。それより彼を私に紹介して」
「――…。同じクラスの人」
「それだけ?名前は?」
「み、満月が知ってるみたいだし私に聞かなくても…」

しかし椿は、珍しく露骨に嫌そうな表情をして視線を地面へと移す。
悠乃の質問から頑なに逃げ、遂には満月に投げて頭を振ってまでして拒絶した。
でも椿のクラスメイトなんでしょ?という悠乃の言葉にも、やはり椿は顔を逸らしたままだ。
そんな二人の様子にどうしたものかと満月が眉根を寄せると、手にしていたサンドイッチを完食したらしい陽がようやく二人の間に割って入るように口を挟んだ。

「――俺の名前なら夕城 陽だ」
「陽くん。私は玖白 悠乃、悠乃って呼んで。椿の友達で満月のクラスメイトなの。よろしくね」
「…あぁ、覚えておく」

少し黙ってから頷いた陽は、そう言うと止まってた歩みを再開させる。
それに倣って悠乃が椿の腕を引っ張って進むので、満月もそんな二人についていく。
途中横を通った結波の友人が、悠乃と満月に挨拶したので手を振って返した。
一方で陽の方にも、夜色の髪の少年が一声掛けて横を過ぎる。

「ねぇ、私も陽って呼んでいいかしら?」
「構わない」
「ありがとう」

悠乃は間に椿を挟みながら、陽に興味津々で様々な質問を投げかけていた。
時々眉根を寄せて苦い顔をした椿が何か言いたげに後ろを振り返ったが、満月はそれにもただ苦笑しながら手を振る。
それでも、悠乃の言葉に相槌を打ちながらさらに新しいパンの封を切ろうとした陽のことを、椿はきちんと見逃さずに行儀が悪いと指摘した。



拒絶症