03

担任教師からの挨拶や適当な校舎の紹介を受け、高校に入学して一番最初に迎えた休み時間。
決して知り合いばかりではないはずのその環境で、早速沢山の女子と盛り上がっている彼女を満月が見つけることは簡単なことだった。
窓際に凭れている話す彼女の栗色の髪を、外からくるそよ風が白いカーテンと共にふわふわと揺らす。
楽しそうな甘い声は、入学式の最中に言葉を交わしたあの少女に違いない。
数人が円を作るその中へ、満月もほぼ引き寄せられるようにして入った。

「なに話してんの?」
「あ。あなた、入学式の」

輪の中に入るなり、一番に目があった彼女が嬉しそうに微笑んでくれる。
前の席に座っていた彼女には、少なくとも後ろの満月よりは相手の顔を認識出来ていたようだ。
きちんとした言葉遣いとそのほどよい甘さの声のトーンからは、まさに育ちの良さが窺える。
ここはお金持ちの学校ではないものの、ひょっとして何処かの令嬢なのかとも思ったほどだ。
しかし笑みに合わせて細められる大きな空色の瞳は、どこか悪戯っぽい光を秘めているようにも感じられた。
そんな彼女は、砂糖菓子のように甘い声でそのまま満月に言葉を掛ける。

「自己紹介をしてたの。あなたのことも教えてくれる?」
「ん、いいよ」
「名前、なんて言うの?」
「寺鳥、マンゲツって書いてミツキ」
「そう。満月ちゃんね。素敵な名前」

人の名前に対して自然とそんなことを言えるのだから、やはりよっぽど凄い人なのだろう。
お世辞だとしても褒められたことにくすぐったさを感じながら、周囲の子が満月の為に済んだはずの自己紹介をまた繰り返してくれる。
顔を見ながら独り言のように繰り返して、きちんと脳に刻み込んだ。
そして流れからして一番最後に、隣にいる彼女もその桜色の唇をそっと開く。

「私は玖白 悠乃。好きなように呼んで」
「ユウノ」

生憎悠乃のように気の利いた褒め言葉はすぐには浮かばなかったが、いい名前だと純粋に思った。
満月が繰り返したその名前に、悠乃はそうよ、と頷く。
その声はやけに凛として、尚且つ品があり美しく教室内に響いた気がした。
甘いふわりとした笑顔が、一瞬だけ悪戯っぽくなってクスリと肩を揺らす。

「満月って呼んでもいい?」
「もちろん」
「ありがとう」

最早胡散臭さほど綺麗なそれらの笑顔は、当時の満月のとても心に強く印象づいた。
これが満月と、甘い砂糖菓子のような――そしてどこかからかうような、不思議な少女との出会いである。
満月が男だったなら、恋愛かは兎も角確実に連絡先ぐらいは聞いていたと思う。
この頃から悠乃はもう、同性でも何故か目を離せなくなる魅力的な子だったのだ。

「私も悠乃って呼んでくれると嬉しいわ」

そう言って再び悠乃がこちらを見つめて嬉しそうに笑うので、満月も出来る限りの笑顔を返してみる。
それでもきっと、彼女の笑みには到底及ばないことだろう。



変光星のまぼろし