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優等生感の溢れる、綺麗に整頓された勉学の本が並ぶ棚と、清潔そうなベッド。
ゲームや漫画類は一切なく、唯一の娯楽製品といえばサイドボードの上に置かれたやけに高価そうなステレオのみ。
こんな真面目そうな雰囲気のこの部屋で、このステレオが奏でる音が何の曲か、この部屋の主人の親は知っているのだろうか。

「やらしーねぇ、」
「はぁ…?」

小さなガラステーブルを囲むように煌哉の隣で胡坐をかいていた廉は、最初はキョロキョロと男なら誰しも持っているであろう“隠しもの”の在り処を考察していたようだが、不意に煌哉の方を見るとその口角を意地悪く釣り上げた。
一瞬なんのことかと煌哉が首を傾げると、それに合わせて揺れた黒い瞳にそこで初めて首に手をやる。
するとますます彼の笑みが奇妙に深められ、そこで煌哉はようやく一つの可能性にはっとした。
ふと周囲を見渡すが、生憎自分の部屋でもないところだ。鏡が何処にあるかわからない。
男の癖に自分で常に鏡を持ち歩くような特性もなかった。
今朝セットした頭をガシガシと軽く掻いてから、こちらをちらちら指さすように見てくる廉をギロリと睨む。

「…どこ?」
「右の鎖骨の、若干上に一つ」
「痕つけんなって言ったのに」
「朝から?」
「…朝まで」

学校がテスト休みだったことをいいことに、親が留守だと言った女の部屋に一晩泊まった。
朝になって家に戻り支度をし、テスト返しの今日は学校をサボって、こうして呼びつけの連絡をしてきたある人物の家を廉と訪問した。
煌哉の通う黎花の制服は学ランなので、昨日の女は襟にギリギリ隠れそうな箇所なら構わないとでも思ったのだろうか。
黒いスラックスに白のカットソー、じゃらじゃらつけたブレスレット。
今朝鏡で格好を確認した時にはストールを首に巻いていたので気付かなかった。

「よかったか?」
「五月蝿い、寝ただけだ。睡眠」

身を寄せてきたTシャツジーンズの廉が、わざとらしく小声で尋ねる。
羽織ってきたジャケットと一緒に隅に置いていたストールを改めて手に取ると、煌哉は渋々とまた首に巻き付けた。
痕があったからと言って周囲に咎められることはないだろうが、こういう痕跡の残るものは煌哉自身が好めない。
一夜限り、たった一回。そう言って了承している癖に、そのたった一度を形にして繋ぎ止められるのが、嘘を吐かれて騙されているようで堪らなく不快なのだ。

「どんな子だよ。髪は?何年?」
「黒髪ロング。学年は…二年だっけな。忘れた」
「清楚系か、イイな」
「黙れよ。清楚じゃなかっただろ」
「八つ当たりすんなって」

もう街で見掛けても、絶対にその女とは口を利かないでおこう――宥める気があるのかないのか、適当に言葉を紡いでいる廉を一度睨むと、煌哉はズボンのポケットから端末を取り出して時刻を確認した。
示された時刻は午後一時すぎ。テスト返しのみだった授業もそろそろ終わっているだろう。
用を済ませたら戻ってくるから、そうしたら昼食を食いにに行こうと言ったこの部屋の主人は、もう煌哉たちをここへ残して十五分になるが未だに帰ってくる気配はない。
覚えた空腹感を紛らわすために、事前に食べてもいいと言われていたガラステーブルの真ん中に置かれた小さな器の中の菓子をつまむ。

「神崎先輩遅いなぁ。何してんだよ」

空気を読めない廉が、そう言いながら脚を崩して同じように菓子をつまんだ。
一つ一つこ洒落た包み紙に包装され、開ければ甘い香りを漂わせるクッキーのようなそれは、果たして男子高校生の部屋にあって普通なものだっただろうか。
この部屋の主人は特別な甘党でなければ高価な菓子にこだわりもないことを煌哉は知っている。

「花みたいな味がする」

普段ポテチ最高なんてほざいてる廉は特に、なかなかな顔をしてその中身を味わっていた。



狂ってしまえ