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「一緒に帰る人がいなくて困ってたとこでさ、」

暫く歩いて駅前にある、如何にも身体に悪そうなファストフードのに入った満月は、セルフサービスで二つ取ってきた水の一つを片手に言葉を続けた。
考えてみると悠乃以外とこうして出掛けるのは久しぶりな気がした。
そう思うとやけに心が躍る感じさえしてくる。なにより、あの退屈な時間が潰れるのだと思うとこれほどに嬉しいことはない。
女子とはたまに帰りに寄り道することがあるが、満月はまだ高校に入って男子とこうやって一緒にいたことはなかった。
幼稚園の頃から比較的男子とはよく遊ぶ方だったとは思う。中学だってそうだった。
こう、静かに女子同士で語り合うよりは、馬鹿をやって騒ぐ方が満月は好きなのだ。その方があっという間に時間は過ぎるし、何より面倒なことは滅多に起こらない。
悠乃のように色んなことに引っ張って行ってくれるタイプはまた別なのだが。

店内には結波や黎花、もしくはそれ以外の制服の生徒も多数見られ、様々な話し声が五月蝿くない程度に響き渡っている。
そんな多数の声をBGMに、陽は目の前のトレイの上に二つのバーガーを溜めているのにも関わらず、まだカウンター上にある大きな看板型のメニューを見つめながらも、満月の言葉に適度に頷く。
彼の手には食べかけのバーガーがまだあって、合計して彼が一人で注文したバーガーの合計は三つだ。
それに足してLサイズのポテトをつまみながら、彼はその決して太くはない長身にどんどんそれを納めていく。

「だから君――あ、何て呼ぼう?」
「陽でいい。大体の奴がそう呼ぶ」
「じゃあ私も満月で。陽――に会えてよかった」

一方で、満月の前に置かれたトレイには食べかけのバーガー一つと、ポテトのSサイズ。
恐らくだが、一人の女子高生として平均的な量だとは思う。
試しに横を通った短いスカートの女子高生のトレイを横目に覗くが、ジュースの有無ぐらいで満月の量と大きな差はない。

「っていうか前も思ったんだけど、よく食べるね」
「まぁ、食うの好きだから」
「太らないの?」
「今のところ」
「いいなぁ、女子の敵かぁ」

根本的な性別や身体の差もあるだろうが、正面でこうして綺麗にその量を平らげていく手つきからは清々しささえ感じられる。
決して真似はできないし、ジャンクフードをこれだけの量となると身体にも悪そうだが、満月だって一生のうち一度だけならこれくらいの量のパフェやケーキを一人で一気に食べてみたいとは思う。
しかも陽の場合はそれでまだカウンターの頭上に表示されているメニューを仰いでいるのだから大したものだ。
それにバーガー一つにSサイズのポテトというのは、何も満月がダイエットを図って選んだ組み合わせというわけではない。
特別好きなものならまた別かも知れないが、本当にこれ以上の量は間を置かずに口へは入らない。
だからこそ満月は、余計超スピードで食べていく陽の前でちびちびとポテトを咀嚼してひたすら話す。

「お昼ってお弁当食べてるの?」
「弁当――とパン、が多いな。大体ずっと休み時間でも食ってる」
「そんなに?」

満月がポテトを何本かつまんでバーガーを一口頬張り、ぺらぺらと他愛無いことを離している間に、陽はバーガー一つをぺろりと平らげて、包んでいた紙をくしゃくしゃに丸めた。
店内に沢山の男子高校生はいるが、その中にでさえ陽ほど食べる者は恐らくいないのではないだろうか。
少なくとも満月の知り合いを集めて大食い大会でもしたら優勝してしまうと確実に思えた。
よく店にある、チャレンジメニューとかにも彼なら挑戦出来るかも知れない。
そういうところに悠乃や椿も誘って、大勢で行けばきっと楽しいだろうし、盛り上がるだろう――改めてセルフサービスの水を傾けた満月は、そんなことを考えながら思わず笑った。
けれど以前の様子だと椿は随分怒っていたので、陽がいると来てくれない可能性が大きい。

「――あ。そういえば」
「…どうした。まだ何かあるか?」

そこでふと、満月は喉を通ったひんやりとした感触にあの自販機での一件を思い出す。
思わず零した声に、陽が何処か遠くに移していた視線を満月へと戻した。
彼の名前もわかったし、こうして知り合えたのだから今更あの日の出来事は最早問題ではない。
しかしだからこそ、折角なので聞いてみようかと好奇心が沸く時だってあるものだ。
一旦手にしていたグラスを置いて、変に間を挟んで呼吸する。
そして、自分では勢いをつけた気分で尋ねた。

「私、椿と待ち合わせ以前に陽と会ったことあると思うんだけど覚えてない?」
「…?、いつだ?」
「えっと、放課後。結構前かな…?」

満月の言葉に、陽は翡翠色の瞳を少し細めて眉根を寄せる。
黎花の近くにあった自販機のところだと重ねると、顎に手を当ててより一層顔を顰めた。
と言っても彼の表情の変化など、基本的にほんの些細なぴくりとしたものだ。
結局そのまま彼は沈黙して、先程よりスピードを緩めながら再びポテトをつまみ始める。

「――あぁ、」

暫くして陽が表情を戻してそう呟いたのは、トレイの上のポテト入れである箱の底が見え始め、丁度端が黒いポテトを彼がその綺麗な親指と人差し指で確保した頃だった。
その黒いポテトを食べずにトレイの隅に押しやると、陽は少し身を乗り出してまじまじと満月の顔を睨みつけるように見据える。
自販機の時も含め以前会った時にはそう感じなかったが、こうやって一緒にいると彼も意外とよく表情を変えるものだと満月は思った。

「お前、よく見たらペットボトルの奴だ。言われてみれば、そんな気がする」
「お。そう、なんだけど」
「…よく覚えてるな」
「そう?って言っても陽も覚えてるじゃん」

思わず首を傾げた満月に、少し複雑そうに首を傾げると陽はそこで初めて、席に着いた時に満月が取ってきた陽ぶんの水に口を付ける。

「いや。俺はそういうの、一回や二回顔を合わせただけじゃおそらく無理だ――」

きちんと座り直して背筋を正した陽が、少し目を臥せて小さく何かを言ったが、店員のよく通るいらっしゃいませの言葉に掻き消されてしまった。
訊き返そうとすれば、満月が唇を開く前に彼はいつの間にか空になった自分のトレイと財布を持って不意に立ち上がる。

「…、まだ食べ終わらないだろ。なんか頼んでくる」
「え」

そう言った陽は、数分後に新しいバーガーとナゲットを一つずつ手にして戻ってきた。



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