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一方、結波の隣、椿の通う黎花高校に上位者名公開なんて制度はない。
一部の例外こそいるものの、もともと勉学に励むというより違うことを主として考えている者の方が多いのだ。
もしくは将来、何になりたいなどの目標がない。自分でもわからないが、椿はおそらく後者に当たるのだと思う。
勉強は嫌いではないが、特別やり込む特性も持ち得ていない。
現に中学時代から成績は可もなく不可もなく、と中途半端な結果が多かった。
そしてそれは、高校に進学したからといって急激に変わらない。
凛とした担任教師に呼ばれ、答案を取りに行くと、そこには平均に及ばずの見慣れた六十代の点数がある。
あと一歩頑張れば七十点に乗れただろう、担任はそう言って次回また頑張るようにと口にした。その言葉に椿も頷く。
席に戻ろうと振り返れば、一番窓側の蒼衣の席に集まっていた沙奈と涼に呼ばれた。

「椿ー、点数どう?私最悪。社会嫌いなんだよねぇ。涼は得意だけど」
「私もそんなによくないよ。前より下がっちゃった」
「因みに伊吹もめちゃくちゃ点数よかった。憎い。憎いよね椿。こいつらと私達は雲泥の差だよ」
「あ…、うん。羨ましい」

蒼衣の答案用紙を机に叩き返した沙奈は、椿の小さな羨望の声に頷いた。
憎いわけではないが、椿も確かに社会が得意なのはいいなと思う。
先程とは一転、並ぶ二人に対峙するように椿と肩を組んだ沙奈は顔を顰めて不満を洩らした。
目の前の涼と蒼衣は、そんな沙奈を見て相変わらずニコニコ笑っている。全く相手にされていないようだ。
そんなことをしている間に、今度は椿より名簿が後の陽が答案用紙を片手に戻ってくる。
それを捕まえたのはまた沙奈で、今度は陽の答案用紙を奪おうとした。しかし、それは呆気なく躱される。

「夕城何点?赤点?」
「聞いてどうする」
「敵か味方か判断する。敵なら陣地に帰れーってね」
「敵でも味方でもない。満足か」
「ならか弱き乙女の味方してよ」

そんなしつこい沙奈の絡みに、陽は珍しく一瞬だけ眉をぴくりと動かして軽く息を吐く。
いつも淡々と無視するか、もしくは掴まって黙って虚空を眺めている印象が強いので椿にとっては意外だった。
無言の陽の代わりに、沙奈に言わせると所謂敵陣営にいる蒼衣が返事する。

「陽は頭いいよ。っていうか努力家だから言っちゃあ悪いけど鳴海さんよりは点数いいんじゃないかな」
「…そうなの?」

そしてそれに、今度は思わず椿が声を挙げた。
椿にとって、陽は未だに何を考えているのかよくわからない。
気付いたら食べているし、あまり授業中の態度も姿勢やノートの取り方といいそこまで熱心ではなかったと思う。
沙奈より先に椿が反応したことに、蒼衣は変にニコニコして頷く。
陽の方へ赤い双眸で視線を投げかけてみても、目は合わなかった。

「余計なこというな。それに今回は本当に良くない」
「何点?」
「よくない」
「五十乗らなかった私よりも?八十超えてる涼と伊吹はいい方?」
「いや流石に鳴海さんより下は俺たちの中にいないって」
「ちょっと伊吹、あんたね」

沙奈が蒼衣の方へ一歩踏み出すと、まぁまぁと隣の涼がそれを制す。
陽がその隙に着席したので、椿も三人の様子を窺いつつも、取り敢えず席に戻った。
一番後ろの椿の席に戻っても、沙奈の声は大きく教室に響いている。
最後の生徒が答案用紙を受け取ったところで、教壇の上の担任が大きく声を張り上げた。
それを合図に沙奈達や蒼衣、立っていた他の生徒も自分の席に戻っていく。
答案用紙が返ってすぐ行われるのは、全体的に間違いが多かった問題の解説だ。
椿はその時間が、あまり好きではない。
改めて自分の答案用紙に描かれた赤い数字を眺めながら、何気なく三つ前の席の陽の背中をじっと見つめる。

――陽は、何点だったのだろう。

蒼衣の話が本当なら、きっと彼の点数は椿よりは随分いいのだと思う。
けれど彼は珍しくやけに頑なに、よくないのだと言っていた。
果たしてそれは、本当なのだろうか?それともただ点数を言いたくないだけなのか。
いつの間にか寄った眉間の皺に、椿は思わず首を振った。



不幸選択者