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満月たちの通う結波高校には、それぞれの意欲を高めるためと銘打って、毎回中間期末考査で平均点以上を取った生徒の名がランキング形式にて発表される制度がある。
そしてそれと同時に、小さな紙で下の方に補習者の名も晒されるのだ。
中学で特別成績が優秀だったわけでもなく、ましてや勉強が嫌いな満月は入学直前までその制度の存在に高校選択を迷ったほどだ。
けれど、まぁなんとか中間者に入れば害はないと割り切ってここへとやってきた。
そしてそれは、今回入学して初めての中間テストで見事に叶ったのである。
しかし満月は、興味もない上位者の名前を見て、絶句した。
満月の名前がこの掲示板を埋め尽くすような大きな紙に記されていないことは確認したが、これはまた別の意味で大きな裏切りに近いだろう。

「なにこれ…!!」

隣では、どうしたの?だなんてすっとぼけた悠乃が呆れたように肩を竦めながら髪を指で玩んでいる。
それが尚、満月にとっては腹立たしかった。
十位までにいる上位四名が満月のクラスから排出されているということは、クラスの平均点をそいつらが上げているのだという点を除けば誇らしい。
しかもそこに、知っている人物が二人もいるのだと考えるとさらに嬉しい。
一位に名を轟かすのは、悠乃が前話題に挙げていた“赤月”という名の答辞の彼だった。
やはり眼鏡で答辞と優秀なワードを背負う人物は賢いのだと、改めて痛感する。
だが、満月が絶句したのは彼の名に対してではなかった。
彼の名より四つ離れたところにある、第五位の名前。四クラス約四十人もいる内の十名に入るのだから、割と賢い方なのだろう。
満月は中間考査が始まる二日前まで、その名前の人物と最近流行りのスイーツ店や新しくオープンした服のブランド店について盛り上がっていた。
決して自分より馬鹿だと思っていたわけではないが、この結果は一体どういうことなのか。
空白の二日。満月の一日は二十四時間だったはずだが、彼女には一週間レベルの特別な二日間だったのだろうか。

「…悠乃、あんたって賢かったの?」
「別に普通よ」

隣を振り返りながら絞り出すように尋ねると、悠乃はいつものように甘く適当に満月の視線の先を眺めながら言う。
満月は五分くらい――ひょっとしたらもっと長くその禍々しい五位の名前を見つめていたが、悠乃は満月の視線を追って一瞬自分の名前を目にしただけで、すぐにその空色の視線を右へと移していく。
悠乃より右に知っている名前と言ったら、一位の彼ぐらいだ。
困ったように満月の咎めを回避して、一位を凝視なんてまだ上に行こうと思っているのかと思うと気が遠くなる錯覚を覚えた。
女子の勉強していない、は嘘だと言うがまさかこうして露骨な形と順位で示されるとは思ってもみなかった。
やり場のない謎の怒りに頭をガリガリと掻いてから、長く息を吐いて改めて現実を痛感する。
しかしよく考えると、あまりの不意打ちに驚いただけで他に文句はない。

「もっとこういうことは早く言っといてよ…」

次からわからない問題は悠乃に聞こうと意に留めておく。
無理矢理吹っ切ったところで顔をあげると、満月は人だかりを割いて教室へ向かうことに決めた。
悠乃も満月も補習には掛かっていない。上位者の名前は拝んだ。これでよいではないか。

ほとんど人がいなくなった教室は、朝早い登校時間のようにがらんと静まり返っていた。
悠乃の隣の席には一位に輝いたにも関わらず、こちらもまた興味なさそうに頬杖をついて文庫本を読む答辞の彼がいる。
多くの生徒が結果の貼り紙に夢中になる中、彼は廊下の方を一瞥さえせずにただ黙々とページを捲っていた。

なので彼が、ランキングを目にして満月とは違う意味で絶句している他クラスの少年と対面することはまだなかったのだ。
少年は二位にある自分の名と一位を見比べてから、拳に力を込めて唇を噛み締めた。



後ろ向きで歩く人