01

つい最近にこの学校に入学し、ドキドキわくわくの新しい日常にも次第に慣れてきた。
そう、少なからず彼ら自身は“まだ”そのつもりだったのだ。
だが思ったより月日はあっという間に過ぎて行き、気付けばそんな彼らが主役だった日からもう一年以上が経過してしまっていた。
つい先日新しい新入生を迎え、ようやく彼らも“先輩”になる。もう高校二年生だ。
新しく入学した一年生には、まだ不安を拭いきれない環境であるにも関わらず、そろそろ授業が実施されていく頃だろう。
新入生の教室の前を通れば、クラスごとに特色こそあるものの、楽しそうに響く話し声や笑い声。
自分達も果たして、一年前のこの頃はこんな風だったのだろうか。

「あーぁ、一年生は元気だなぁ。気楽そうで羨ましいぜ」

開いているドアの隙間からぼんやりとそんな後輩達の姿を見詰める少年に対し、壱原 隼斗がだるそうにぼやいた。
その声に初めて、ふと少年は忘れかけていた自分の隣にいる友人のことを認識する。
教室の中で騒ぐ生徒から彼のその黒曜石のような瞳からの視線が外れ、すぐ隣へ移されたのを確認すると隼斗は改めて続けた。

「オレは絶対、一年の頃こんなに騒がしくなかった」
「…ん?、そうだっけ」
「大人しくて一見真面目そうだったはずだ、お前のお守りも任されてなかった。あー、何も考えないでよかったあの頃に戻りてぇ!」
「あぁうん。確かに言われてみれば入学当初は一緒にいなかったかも」

廊下であるにも関わらず大袈裟に両手を広げて抗議した隼斗に、少年は顎に手を当て首を傾げ、適当に頷く。
しかし一緒にいはしなかったものの、入学式初日で既にど派手な自己紹介をかまして、クラスの大半に囲まれてたムードメーカーは何処のどいつだったろう。
ではいつからこの二人は一緒にいるようになったのか。
入学当初ではなかったものの、そのインパクトしかない自己紹介を耳にした記憶があるのだから、一年の頃から同じクラスではあった気がする。
少年にからしてみればどれも然程重要ではないので曖昧だ。
しかしその分隼斗は違うようで、そんな彼を見て口をあんぐり開いて更に抗議を重ねる。

「しっかりしろよ!お前そんなんで老化したらどうなるんだ。自分の名前も忘れちゃうんじゃないのか?もうお守りは兎も角、流石に介護まではしないぜ」
「あ、失礼だな。案外ボケるのは隼斗の方が早かったらどうする?」
「その時は高校時代にお世話になった恩を返せよ」
「えっと。恩っていつの?これから売ってくれるの?」
「これまで今この瞬間も含めてだよ!!」

あぁなんて奴だ、そう嘆くように続けて隼斗は眉をハの字に曲げる。
竦められた肩が、大きな溜め息と同時にかくんと落ちた。
一年の頃は騒がしくなかったなどとよく言えたものだ。どこが真面目そうだったのだろう。
彼は一年前のこの頃からずっとその調子だったし、今だってそれは何も変わらない。
唯一違った時期と言えば、本当に最初に口を利いた時ぐらいではないだろうか。
あぁそう、それは確か入学してから暫くたった、雨が土砂降りの六月の頃だった。
傘がないから近くのコンビニまで入れてくれ、と折り畳み傘を手にする少年に厚かましい依頼をしてきたのが、黒い前髪をふわふわと揺らすこの緋色の瞳をした男である。
あの日だけ、お互い最低限の事しか口にしなかった。勿論翌日にはその倍喋られたわけなのだが。
相変わらず黙ってられないのかとかテンションが高いなぁと考えたところで、思わず少年の方が堪え切れずに噴き出す。
ただでさえ騒がしい廊下でわざわざ足を止め、隣の友人に目をやって笑った。
思えばあぁいう些細なきっかけが始まりだった。
しかし隼斗は、少年が思い出せた己との回想に耽っているとも知らずにますます眉を顰める。

「あーもういい、お前とは絶交だ!オレは焼きそばパンを買いに行かなきゃならない。お前と話してると日が暮れる。ついてくるな!」

よっぽど腹が立ったのか、そう言うと隼斗は直後不意打ちで隣の背中にばしんと平手を喰らわせた。
痛み自体こそ大したことないものの、背から全身へと伝わる衝動が酷い。
何とも言えない大きな波動に、今度は少年の方が息を詰める。
あまりに理不尽な痛みに、異議を唱えるのも彼のように思えて癪で、そのまま進もうとする背中に叩かれた自らの背を擦りながら俯いた。

「った、何するんだよ笑っただけなのに。…痛いなぁ、古傷に響いた」
「はぁ?嘘吐くなよ、お前に古傷とかないだろ」
「あるよ。小さい頃手術したんだ。言ってなかったっけ?あぁ痛い」
「…え?いやいや。嘘だ。え、そうだろ?」

最初は無視していたものの、いつまでも痛がれば次第に隼斗が振り返るなりこちらの様子を窺ってきて、それが尚面白い。
とうとう悪かった、そう彼が言いかけて、気が済んだので言葉を紡ぎ終わるまでにそっと顔をあげてやる。

「まぁ嘘だけど。そんなに痛くもなかった」
「はっ、篤お前騙したな!?若干心配したのに!」

笑ったこちらの顔を確認すると、ハの字になっていた眉がまた大袈裟に釣り上がった。
百面相のようなその表情は、五月蝿いものの見ていて愉快だ。

二人で歩いていた廊下に連なる一年生の教室が終われば、またいつもの見慣れた光景と音の世界が広がる。
見慣れた生徒がいなくなって、これからはそこで新しい生徒が黒板に向かって日々を過ごすのだ。
委員会にも部活にもこれから一年生が入ってきて、自分たちが先輩と呼ばれるのももうすぐだと考えれば、どこかくすぐったくて心地いい。



開店です